
蕎麦にも米と同様深い歴史がある。
ここでは、少しだけ、蕎麦の歴史に触れてみたい。
“ふーん。そうなんだぁ”というオモシロそうな話題を取り上げてあります。 |
1. 蕎麦はいつから栽培されていたか?
1992年3月、高知県土佐市で9330年前の地層から、
蕎麦の花粉が発見された。しかも、これはただ単に花粉の発見には終わらなかった。高知大学の鑑定の結果、それは「栽培された可能性が高い」とわかったのだ。(AERA誌92年10月号)また、紀元前7000の縄文土器から蕎麦を食した痕跡が発見されたりしている。これらより推測するに、約一万年も前から蕎麦は食料とされてきたほか、栽培技術もあったということになるのではなかろうか。 |

山形県尾花沢の蕎麦畑 |
日本書紀によると紀元前400年頃に稲作が開始された。
現在日本食と言えば「米」が最初に浮かぶ。しかし、その米よりも蕎麦の方が先に食べられ、栽培されていたというのは興味深い。日本人が蕎麦好きなのは、太古からの蕎麦食の記憶がDNAに刻み込まれているのかもしれない。
ちなみに、この時の蕎麦は粒として食べられており、現在の麺状で食べるようになるのはずっと後の江戸時代に入ってからである。 |
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| 2. 蕎麦はどこから来たか? |
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食用される蕎麦の原産地について現在2つの説がある。
1つは東アジア北部、アムール川の上流沿岸・満州・ダウリア・バイカル湖にわたる地域。もう1つは、中国雲南省という説である。そこからヨーロッパやブータン、ネパールそして、朝鮮半島、日本へ波及したのではないかと言われている。 |
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3. 現在の"麺"になるまで
蕎麦は上述した通り、最初は粒の状態で食べられていた。生で食べたり、火を通したりして食べていたのだろう。現在もドイツではあら挽きにした蕎麦の実(粉)を牛乳と一緒に混ぜてそのまま食べる。また、ロシアのグレーチェニュワカ・カーシャなどの蕎麦粥も粒食される蕎麦料理は残っている。
さて、麺にするにはまず粒を粉にする方法が必要となる。そこで、臼の登場となる。
日本書紀に「推古天皇の18年(西暦610年)渡来僧2人が"碾磑(てんがい)という石の臼を造ったのを始まりとする"との記述がある。日本では文献として既存する臼の記述はこれが最古とされ、この時代前後に臼の文化が始まったと考えられる。しかし、何に使われていたかは判っていない。穀物を碾く為の石臼が歴史に登場するのは鎌倉時代になってからである。
蕎麦を粉にして食べたという記述は約400年後の鎌倉時代に登場する。蕎麦粉をお湯で掻いて練った、"かいもちひせん(かいもちを作ろう)"との記述である(宇治拾遺物語 巻の1)。日本各地で色々な地方色をとり入れながら"かいもち"は広がっていく。そして、江戸時代にはいり「麺」が登場する。
慶長19年(西暦1614年)『慈性日記』に"そば切り"の文字が出てくる。これが現存する文献で最古のものらしい。
以上のことをまとめると、人が蕎麦と出合い、粉にして食べるまで約一万年、粉から麺にして食べるまで約600年かかっている。
気の遠くなる話である。食文化とは人の歴史と切手も切り離せない、奥の深いものであり、今現在自分達もその歴史の中にいるのかと思うと身の引き締まる思いがする。
麺が生まれてから385年たつ今、また新たなる"蕎麦の食べ方"が生まれてもおかしくないと思う今日この頃である。
(2004年4月) |
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